Story5. 全日本天下一かくれんぼ
読了目安:5〜7分
その年の元日、日本中に一枚の張り紙が届いた。
郵便受けに、玄関に、会社の掲示板に、コンビニの窓に。
【開催告知】全日本天下一かくれんぼ 参加者:全国民 鬼:全北海道民 期間:本日より一年間 ルール:北海道民に見つかったら負け。一年間見つからなければ全員の勝ち。
最初、誰もが冗談だと思った。
次に、本気だとわかって、パニックになった。
その次に、パニックにも飽きて、なんとなく参加することにした。
日本人はそういうところがある。
鬼となった北海道民、約五百万人は、一斉に本州へ渡った。
青函トンネルが大混雑した。フェリーが満員になった。飛行機は三ヶ月先まで予約で埋まった。
「こっちが移動してどうする」と誰かが言った。
「鬼なんだから探しに行かないと」と誰かが答えた。
「でも日本広すぎる」
「だから一年あるんだろう」
北海道民たちは、やる気と不安を半々に抱えて、本州へ乗り込んだ。
隠れる側の日本人たちは、思い思いの場所に身を潜めた。
山に逃げた人がいた。島に渡った人がいた。地下に潜った人がいた。外国に行こうとした人もいたが、「国内限定」というルールを後から知って慌てて帰ってきた。
一方、まったく隠れない人もいた。
「見つかったら見つかったでいいや」という人たちだ。
彼らはいつも通り生活していた。北海道民に声をかけられても、「あ、見つかった」とのんびり言って、そのまま立ち話をして、なんとなく友達になった。
負けたのに、なぜか楽しそうだった。
一ヶ月が経った。
北海道民たちは疲弊し始めていた。
日本は広すぎた。山があり、森があり、離島が六千以上あった。全員を探すなど、どう考えても不可能だった。
「そもそも、五百万人で一億二千万人を探すのは無理だ」と誰かが試算した。
「一人あたり二十四人探さないといけない計算だ」
「一年で二十四人なら、月二人だ」
「月二人なら、なんとかなりそうだ」
「でも隠れてる人は出てこない」
「……無理だ」
北海道民たちの間に、諦めムードが漂い始めた。
そんなとき、一人の少女が手を挙げた。
名前はカエデ。年齢は八歳。北海道は函館の出身で、父親に連れられて本州に来ていた。
「あのね」とカエデは言った。
周りの大人たちは、子どもが何を言い出すのかと半笑いで見ていた。
「かくれんぼって、鬼がかけだい数えてるあいだに隠れるんだよね」
「そうだ」
「じゃあ、まだかぞえてる途中だったら、みんな隠れてないんじゃないの」
大人たちは顔を見合わせた。
「……始まった時点で、もう数え終わってる設定だろう」
「でもだれもかぞえてないじゃん」とカエデは言った。「ルールに『かぞえる』ってかいてなかったよ」
大人たちはルールを読み返した。
ルール:北海道民に見つかったら負け。一年間見つからなければ全員の勝ち。
「……かぞえる、とは書いていない」
「つまり」とカエデは続けた。「かぞえてないかぞえんぼは、まだはじまってないんじゃないの」
沈黙が広がった。
「………………」
「………………」
「それは」と一人の大人が言った。「かくれんぼが、始まっていない、ということか?」
「そう」とカエデは言った。「だからかくれなくていいんだよ」
この論理は、驚くほど早く全国に広まった。
SNSで拡散され、ニュースになり、法学者や哲学者がテレビで議論した。
「かくれんぼは『かぞえる』行為によって開始される」
「しかし今回のルールに『かぞえる』の規定はない」
「よって、ゲームの開始条件が満たされていない可能性がある」
「つまり、全員がまだ隠れる必要のない状態にある」
もちろん反論もあった。
「張り紙に『本日より開始』と書いてあった」
「しかし開始の定義が曖昧だ」
「そもそも誰がこのかくれんぼを主催したのか」
議論は続いたが、誰も答えを出せなかった。
答えが出ないまま、一週間が経った。
その間、隠れていた人たちが、ぞろぞろと出てきた。
「ゲームが始まってないなら隠れなくていいか」
山から降りてきた人がいた。島から帰ってきた人がいた。地下から出てきた人がいた。
北海道民たちは、出てきた人たちと顔を合わせた。
特に何も起きなかった。
「見つけた!」と言う北海道民もいたが、「ゲームまだ始まってないので」と返されると、それ以上言えなかった。
一ヶ月後、誰かが宣言した。
「このかくれんぼは、成立しなかったことにします」
誰が宣言したのかは、よくわからなかった。
でも全員が「まあそうか」と思ったので、そういうことになった。
北海道民たちは、北海道に帰った。
青函トンネルが、また大混雑した。
後日、カエデはテレビのインタビューを受けた。
「どうしてそのアイディアを思いついたんですか?」
カエデは少し考えた。
「かくれんぼって、じゅんびがたいへんじゃん」
「準備?」
「かぞえるひとがいないと、かくれるひまがないから」とカエデは言った。「じゅんびしてないのに、かくれろって、むりじゃん」
インタビュアーは黙った。
「そういうルール、おとなってよくつくるじゃん」
インタビュアーはまた黙った。
「じゅんびもなく、かくれろって。」
この一件は、後に「カエデの定理」と呼ばれた。
正式名称は「開始条件未定義ゲームにおける参加義務の不成立」。
小学校では教えていない。
でも子どもたちは、みんな知っていた。
作者メモ 「ルールに書いていないことは、していない」——子どもは大人が見落とした穴を、無邪気に指さす。大人が複雑にしたルールを、子どもはシンプルに読む。そのシンプルさが、ときどき世界を動かす。